完治・克服への道
〜process to complete recovery〜

★Thanks from SONIQ


入院の拒否

病状は小康状態で、発作を何とか頓服で誤魔化す生活でした。
頓服を飲む回数は、1日6回くらいにまで増えていました。
発作自体はまだまだ頻発させていましたので、薬の増量を行ないました。
SSRIの増量はもう不可能でしたので、その他の抗鬱剤の追加が行なわれました。


勿論、医師が勝手に行なった訳ではありません。
医師は、私に入院を勧めていました。
薬害での内臓的疾患も併発していましたので、休職をして入院をして、心身とも改善することを勧めていたわけです。
しかし、私は休職することを拒みました。
自立した生活を望みましたし、会社を長期に渡って休むことは現実的に困難でした。


労働衛生ソーシャルワーカーの先生からもカウンセリングを受けました。
私の労働環境を知った先生は、かなり問題があることを指摘されましたが、この仕事を選んだのは私の意思ですし、私の生きる道だと思っていましたので、指摘された内容は重々承知していましたが、その先生からの入院の勧めも拒みました。


認知行動療法というものがございますが、私の場合、限界を超えた行動療法を行なっていたようなものでした。
その他の抗鬱剤も増量されていき、更に不眠にも悩まされるようになっていきました。


1時間おきに目が醒め、朝は5時以降は眠る事が出来ない状態でした。
そして、毎日悪夢を見るようになっていきました。
中途覚醒、早朝覚醒、悪夢という症状でした。
当然、睡眠導入剤の服用が始まりました。
何を飲んでも改善出来ず、次々と強い薬へと変更、増量を行ないました。
睡眠導入剤に関しても、もうこれ以上増やすことの出来ない状態にまでいきました。
内臓疾患の治療でもその他に4〜5種類服用する状態でした。

つまり、パニックの薬10種類、その他の薬4〜5種類を毎日服用していたのです。


それでも発作を起こす状態で、その当時の医師はお手上げ状態となりました。
私は仕事を続けながら治療をして頂くことを望んでいましたが、ついに医師から宣告されました。

私にはあなたを治すことは残念ながら出来ません」と。
こういう怒涛の薬物療法を3年近く続けていたのです。

私が絶望感を持ったのは言うまでもありません。
ここまでやっても、ここまで頑張っても、ここまで薬に耐えても、治すことが出来ない・・・
私は次第に自分の人生を最悪の方向に考えるようになってしまいました。
もう限界・・・
泣きに泣きました。

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