完治・克服への道
〜process to complete recovery〜

★Thanks from SONIQ


薬物療法

本格的な抗鬱剤を使っての治療
安定剤ではなく、パニック障害に有効な新薬ということでSSRIでの治療が開始されました。
今(平成19年5月)から4年くらい前の話です。
インターネットで調べても、「パニック障害=SSRI」となっていましたので、自分の病気を認知した私はその治療に同意致しました。
SSRIの使用感については、これから服用を始める患者さんへ不安感を与えかねないので、割愛させて頂きます。


SSRIと安定剤の併用を行なっていましたが、それでも発作を頻発させておりました。
今までの発作の中で、気が狂う、狂い死にする恐怖が最も怖かった発作でした。
自宅でも関係なく発作は起こしていました。

そして、ある発作の時に両親に電話をしました。
狂いそうだったので、冷静さを取り戻す為に、私に話し掛けてくれるようお願いしました。
いくら頓服を飲んでも、発作を鎮めることは出来ませんでした。
大きな波となって次々と発狂しそうな発作が押し寄せ、電話口で「もうダメだ〜」と両親に伝えました。
そうしたら、両親が救急車を呼んでくれました。

救急で運ばれ点滴をされ、しばらくすると落ち着き、そのまま眠りに入りました。
目覚めた時、両親が深夜車を走らせ、わざわざ福岡の病院まで来てくれていました。
病床の私の顔を見た両親は、これはただ事ではないと悟ったそうです。(後日談)
それから、そのまま両親が私のマンションに一緒に暮らしてくれました。
結局3ヶ月間に及びました。

両親に感謝しております。
お父さん、お母さん、ありがとうございました

こういう大発作を起こしながらも、私は仕事を続けていました。
しかしながら、車通勤をしていたのですが、もう車を運転することが出来なくなっていました。

そこで、両親に会社まで車で送ってもらう生活が始まりました。
帰りも電話をして迎えにきてもらっていました。

しかし、私は病気を治そうとする意思は強く持っていました。
そして、しばらくして会社の帰りは歩いて帰る訓練を開始しました。
1時間くらい掛けて、毎日歩いて帰りました。
それはもう、携帯を片手にフラフラになりながら、何度両親に助けの電話を掛けようとしたか。
それでも、必死に歩き続けました。


そういった中、発作を抑え切れないので、薬は次々に増量されていきました。
SSRIの増量です。
増量する度に、朝起き上がるのが非常に辛くなっていきました。
私の意思に関係なく、体が動いてくれませんでした。
結局SSRIパキシルを40mgにまで増量致しました。
病名もパニック障害から鬱病へ変更されました。


毎日歩いて帰る訓練と薬が功をそうしたのか、少しずつ自分を取り戻しつつありました。
そして、朝は助手席に両親を乗せ、私が運転して会社に行く訓練を開始しました。
最初はスピードに目が付いていけず、気絶しそうな状況でした。
そして、また帰りは歩いて帰る。
その繰り返しを2〜3ヶ月続けたでしょうか。
ようやく、通常の車の運転が出来るようになり、両親には実家へ帰ってもらうことになりました。


その頃でしたかな。
猫をもう1匹飼ったのは。
まだ非常に小さな子猫でした。
飼った理由は、私がこの子を育てなければという思いを自分自身に植え付ける為でもありました。
「私がしっかりしなければ・・・」と。

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